歴史のタイムライン
歴史
| 日本宣教の開始から第二次世界大戦まで 1927年9月11日 | 南洋宣教師アダム・シーリングと2人の宣教師が横浜に到着したことが、 リーベンゼラ宣教団の日本での宣教の正式な始まりとされている。 彼らは日本における拠点を開設し、その後の日本宣教の道備えをした。 |
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| 1928年~1929年 | ドイツからエルンスト・ラング宣教師、ベルンハルト・ブッス宣教師、 カール・ノートヘルファー宣教師、スイスからはオットー・モジマン宣教師らの 初期の宣教師たちが来日。 |
| 第二次世界大戦時 | 第二次世界大戦が開始された時、モジマン宣教師は宣教報告のためにスイスに帰国中だったが、ラング宣教師、ノートヘルファー宣教師、ブッス宣教師は日本に滞在しており、軽井沢に疎開しながら戦時下の日本にとどまった。 戦後、リーベンゼラ宣教団はいったん日本での宣教から手を引いたため、ラング宣教師、ノートヘルファー宣教師、ブッス宣教師は他の宣教団に所属を変えて日本での働きを続けた。 |
| 宣教再開から合併まで 1951年宣教再開 | モジマン宣教師が再来日。中野島に土地を購入し、10月には宣教を再開した。 |
| 1952年 | 戦後の新しい宣教師、エルンスト・ファテル宣教師とアルトゥール・クンツ宣教師が来日。 茨城県を主な活動拠点とし、テント伝道と宣教大会を通じて福音を広めた。 |
| 1960年代以降 | 活動の拠点を開発の著しい東京近郊のベットタウンに移す。 |
| 1961年 | リーベンゼラ日本伝道会が設立される。 |
| 1962年1月2日 | 宗教法人格を取得。 |
| 1964年 | 久ヶ原に宣教師の子供達のための寮「シューラーハイム」を開設。 当初は5人の子供達が平日はここから東京ドイツ学園に通い、週末は両親のもとに滞在した。 |
| 1965年 | キャンプ場「奥多摩福音の家」を開設。 |
| 1978年 | 最初の医療宣教師がバングラデシュに派遣される。 |
| 1979年 | リーベンゼラキリスト教会連合が以下の目的のもとで発足。 (1)各教会が「信仰告白」というきずなで結ばれること。 (2)各教会が助け合い、宣教団体に依存していた開拓伝道も各教会の協力のもとで行うこと。 (3)将来、信仰告白を同じくする他の群れや教会と一つになってゆくこと。 |
| 1992年 | リーベンゼラキリスト教会連合と三つの福音主義的宣教団体(日本新約教団、単立キリスト教会連盟、北海道福音教会協議会)が合併し、 日本福音キリスト教会連合(JECA)が設立された。JECA設立に伴い「宗教法人リーベンゼラ日本宣教団」としての新たな歩みが始まる。 |
| JECA設立以降 | |
| 2010年 | 中野島のシューラーハイム(子供の寮)を仲町台に移転。 |
| 2011年 | 中野島にあった旧シューラーハイムを新しいミッションセンターに改装。 |
| 2018年 | 宗教法人の組織改編を行う。 以降、責任役員会ならびに評議委員会は、ドイツ人宣教師と日本人牧師によって構成される。 |
| 2025年 | 日本での宣教開始から間もなく100周年を迎えるが、日本における福音宣教という私たちの使命は変わらない。 「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます。」 (テモテへの手紙第一 2章4節) |
